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おとなの能書き

第八回 和色を味わう

文:イッコー・オオタケ | 2008.02.13

(写真その1)

 唐突だが問題を一問。
「あさぎ色」とは一体どんな色かご存知だろうか?
 ちなみに僕は「あさぎ」と聞いて、「麻黄」を連想してなんとなく黄色っぽい色に違いないと思い込んでいた。ヒントとしては漢字にすると「浅葱色」。答えはまだ明かさないことにする。これを最後まで読んでいただければ解るところがミソなのだ。

 ひと口に“色”と言っても色は始めから原色で自然界に存在している訳ではない。世界各地の植物や生物また鉱物などを主たる原料として、それぞれの土地土地でその色を生み出す文化や土壌がある。
 だから色には独自の呼び名があって然るべきで、“赤”と言ってもヨーロッパで生まれた昆虫から抽出したコチニール系の赤と日本の植物「紅花」由来の紅赤(べにあか) が同じ“赤”で括れる筈はないのである。

 僕は四十も半ばを過ぎて日本の色に目覚めてしまった。
 和の色彩美というものは実に味わい深く趣のあるものだ。まずそのネーミングが美しく、その語感の響きや文字を見るとその色の生まれた背景までが垣間見えてくるようだ。
 さあ、これを文字だけで伝えるのは困難極まりないのは明らかなのだがこれはもう和の色をテーマに選んだ以上、もはややるっきゃない。

 手始めに先に例にあげた赤系からいくつか紹介してみたい。
 まず「緋色」。緋毛氈の「緋」の色である。これは茜(あかね) を原料とする鮮やかな赤で同じ緋色にも濃淡により「紅緋」「深(こき)緋」「浅緋」がある。また茜原料には正にそのものの「茜色」があるが、これは文字通り真っ赤な根を持つアカネに由来する紅よりも濃い赤色。懐かしい日本の情景。秋の夕暮れの赤である。
 ピンク系に及ぶとお馴染みの花の色が並ぶ。濃い順番に「躑躅(つつじ)色」「薔薇色」「牡丹色」「桃色」「桜色」「撫子色」と次第に淡くなる。
 また「えんじ色」は「臙脂」で、口紅の意で古代中国の「燕の国」で栽培されていた紅花を原料としていたのがこの名の由来になった。

 更にオレンジから茶系では「柿色」「橙(だいだい)色」「蜜柑色」といった果実色から丹頂鶴の名の元なった頭頂の色「丹(に)色」。これに更に黄を帯びると「黄丹(おうに)」という古来皇太子の式服の色で一般には禁色とされた。
 この天皇家由来の色には他にこの「黄丹」に近い「黄櫨染(こうろぜん)」があり、平安期嵯峨天皇のみに許された皇位を象徴する色だった。
「鳶(とび)色」の瞳〜♪なんていう歌にもなったこの色は茶褐色だ。
「土器(かわらけ)色」は陶器の原料、陶土の色。これの赤みが強くなると「赤銅(しゃくどう)色」。子供の頃、夏休みに海に行って真っ赤に日焼けして帰ってくると、母に「すっかり赤銅色になったね」と、よく言われたのを思い出す。
 この茶系には歌舞伎役者にちなんだ名も多く、各々の家を象徴する色として用いられてきた。「団十郎茶」は狂言の「暫(しばらく)」の衣装の色に由来する「柿渋色」のこと。他にも「芝翫(しかん)茶」「梅幸茶」「璃寛茶」なんていう色もある。

 緑系にはやはり木や草葉や竹などに由来する名が多い。ただその他にも「鶯色」や「鶸(ひわ)色」など鳥の名や金属、鋳物を縁(ゆかり)とする「鉄色」「緑青(ろくしょう)」そして「白緑」「青磁」はパステル調のグリーンである。

 黄色系では「芥子(からし)色」「鬱金(うこん)色」「蒲公英(たんぽぽ)色」「山吹色」などやはり植物が多いが「卵色」「鳥の子色」などは可愛らしさややわらかさが伝わってくる。これはそれぞれ卵の黄身と殻の色を表している。

 また紫には「菫(すみれ)色」「藤色」「桔梗色」「杜若(かきつばた)色」「竜胆(りんどう)色」と日本古来の花が繚乱である。
 面白いのは「菖蒲色」で、これは字面は同じでも「菖蒲(しょうぶ)色」と「菖蒲(あやめ)色」で紫の濃淡が全然違う。漢字だけで表現すると正確な色が分からないというデザイナー泣かせのちょっと困ったネーミングなのだ。

 黒だって単色にはあらず。漆の光沢をもつ「漆黒」に、カラスの濡れた羽根のような「濡羽色」。またやや灰がかった「墨色」、これには「薄墨」もあれば「消し炭」もある。
 グレーも「灰色」と「鼠(ねずみ)色」は違う色で、この鼠色は他にも「梅鼠」「銀鼠」などいくつものバリエーションがある。

 さていよいよ真打ち登場。“ジャパンブルー”の青である。
 このジャパンブルーは本来「藍色」のことで、かの泰西名画の巨匠ゴッホが憧れ、自らの作品にも取り入れたという浮世絵に見られる青、別名「ヒロシゲブルー」とも呼ばれる。かつての西洋画には夜空をモチーフとする作品はなかったらしいが広重の風景画に描かれた夜空の青に触発されたゴッホが初めて油絵にこの青を使って夜空を描いた。
 サッカー日本代表のユニフォームの青も本来はこの「藍色」だった。90年代までのユニフォームには意識して藍に近い青が使用されていたようだが2000年以降はすっかり伝統色の藍とはかけ離れたごく一般的なブルーになってしまった。これは非常に残念なことである。

 西欧色のインディゴブルーは「藍色」とかなり近いが藍が蓼藍を原料としているがインディゴの方はインドアイという植物の葉が元になっている。日本の青は非常に多色で藍色系だけでもかなりバリエーションがありここで挙げていけばキリがない。その中のひとつに「瓶覗(かめのぞき)」という色がある。これは白い生地を一度だけ藍瓶に浸して染めた色で、生地に藍瓶をわずかに覗かせた、という意味からこの名が付けられたという。 なんとも風雅で趣の深いネーミングではないか。

 ここで冒頭の問題の答えを明かしておきたい。「浅葱色」はやや緑がかった水色でネギの葉を薄くした色のことだ。どうだろう、イメージした色と果たして符合していただろうか。
 ことほどさように日本の伝統色というのは面白くて奥深い。ここに挙げたのはそのほんの一部に過ぎない。もし興味を抱いていただけたなら是非ともご自身の眼で実際の色を確かめてみてほしい。

出典「和の色手帖」グラフィック社刊


プロフィール

イッコー・オオタケ
イッコー・オオタケ

1960年東京の下町に生まれる。10年に渡り広告プランナーとして会社勤務の後、母親の実家である浅草仲見世の老舗小間物店の七代目店主となり屋号を継ぐ。
目指すところは“由緒ある下町の小言ジジィ”。


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