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おとなの能書き

第十六回 月見る月

文:イッコー・オオタケ | 2008.10.14

 月が美しい季節になった。
 仲秋の頃はもうとうに過ぎてしまったが、この時季は空が高く空気は澄みわたり、僕が一年で最も好きな季節だ。

「月々に月見る月は多けれど、月見る月はこの月の月」
 宮廷の女官たちは言葉あそびにこんな歌を詠んでこの時季の月を愛でていたようだ。

 三方に盛った団子と稲穂に見立てた薄(すすき)を縁側に供えて満月に作物の収穫への感謝と豊穣を祈る。かつての日本の初秋を象徴するかのような十五夜の風景である。
 今ではもはや縁側のある家というのも珍しくなってしまった。
 残念ながらこれがマンションのベランダではどうにも画にならない。やはりここは庭越しに満月を望む日本家屋の縁側であってほしいものだ。

(写真その1)

 旧(いにしえ)の昔から日本人はお月さまが大好きだ。
 ちょっと歴史のある建築物には月見台に月見の窓、それに月見橋なんていうものまであったりする。日本人は月を建築様式にまで取り込んでしまった。
 日本人にとって月は、時に一幅の画であり、季節の象徴であり、照明装置であり、また信仰の対象であったりする。
 僕が子供の頃には田舎に行くと月に手を合わせて祈るお年寄りがよく居たものだ。

 明るい月夜には狸が浮かれてポンポコ腹鼓を打って踊り出す。こんな寓話の描写を見ても月にはあまりネガティブな要素はない。
 ところがこれが西洋では月夜は不吉な出来事の前兆として描かれることが多い。
 月をバックにコウモリが飛び交い、ドラキュラが徘徊する。
 かと思えば魔女の呪いに利用され、月の魔力で変身した狼男が月に向かって遠吠えをあげる。こうした光景はまさに不吉の元凶みたいな扱いだ。
 こうも洋の東西で扱いが正反対なのも面白いものだ。

 夏の太陽を取るか、秋の月を取るか、と問われれば、僕は迷うことなく月と答える。
 都会に住んでいるとほぼ二十四時間街の明かりが途絶えることはなく、およそ月をありがたく思うこともない。それどころか夜空に月の在りかさえ判然としないのが都会の空である。
 でもたまに野山に遊びに出かけて慣れない夜道を歩いてみると、月明かりというものの美しさとありがたさをしみじみと感じさせられる。

 よく満月の日には大きな事件が起こる、と言われるけれど、どうやらこれもまんざら迷信とも言えないらしい。
 警察庁が長期の統計を取って調べたところ、新月・満月には重大事故が多く上弦下弦の半月にはうっかり事故が起りやすいことが判明したというのだ。
 月は不思議な魅力に溢れている。

 そう、月にまつわる思い出で忘れられないのが「アポロ11号」である。
 あれは僕が小学校の3年のとき。風邪をこじらせ、あらぬ病の疑いをかけられて、ひと月ほど病院で過ごすハメになった。
 初めて家を長く離れて過ごさねばならず、毎日不安で小さな胸を痛めていたのであった。
 あのアポロ11号の月面着陸はまさにこの時だった。6人部屋に小さな白黒テレビが一台だけあり、夜中にも関わらず入院患者全員が群がってこの小さな明るい窓にかじりついていた。
 画像も粗く雑音だらけでほとんど理解できなかったけれど、みんなこの世紀の大イベントを食い入るように観ていたものだ。
 あの時代の人間にとって、「人間が月面に立った」というのはとんでもない出来事だったのだ。
 僕以外はみんな大人ばかりであったが、このイベントのお陰で全員が打ち解けてなかなか楽しい入院生活になった。

 ところで皆さん、今、月の土地を誰でも購入できるのはご存じだろうか。
 これはアメリカ人のデニス・ホープという人がアポロの月面着陸を観て、「月の所有権」は誰にあるのか? という問題にハタと思い当たっていろいろと調査してみた。すると当時はまだそうした概念がなく、行政機関に所有権を申請してみたところなんと受理されてしまったという。
 これを機に1980年に「ルナエンバシー社」なる「地球外不動産会社」を始めたんだそうだ。
 たった3,000円ばかりで月の権利書なるものが送られてくる。ちょっとした面白い贈り物として結構人気があるようだ。
 日本でもインターネットで買えるようなので興味のある向きは検索してみてはいかがだろう。

 いかにも胡散臭い商売だけれどアメリカらしいといえばアメリカらしい。
 でもお月さまに何の断りもなくこんな商売で荒稼ぎをしていると、そのうちに「月に代ってお仕置き」されちゃうかも……。


プロフィール

イッコー・オオタケ
イッコー・オオタケ

1960年東京の下町に生まれる。10年に渡り広告プランナーとして会社勤務の後、母親の実家である浅草仲見世の老舗小間物店の七代目店主となり屋号を継ぐ。
目指すところは“由緒ある下町の小言ジジィ”。


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