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まるい地球を駆け抜けろ

第六回 象の話 その2 子象の育て方

文・写真:つなぶちようじ | 2008.09.02

(写真その1)

 犬や猫がそうであるように、幼い動物にはミルクさえあげれば育つものだと思っていた。ところが、象はそんなに簡単ではない。三つのポイントを押さえないと育てることができない。

 第一のポイント。幼い子象はとても繊細なため母親のお腹の下でないとミルクを飲まない。だから母親がいないと餓死する。 (写真その2) 群れに母親の代理となる雌がいれば生き延びることもあるが、母親がいない動物孤児院でどうやって飲ませるのか。毛布を利用していた。毛布を物干しにつり下げて、あたかも母親のように思わせ、その毛布の向こう側からミルクを差し出す。すると子象は安心してミルクを飲むのだ。

 第二のポイント、それはスキンシップ。ある程度大きくなっても子象は仲間を求める。どんなに食べ物を用意しても、仲間がいないと寂しさで食欲を落とし、ついには死に至る。仲間は必ずしも象でなくてもいい。だから飼育担当者は三、四名でチームを作り、四六時中必ず誰かが子象と一緒にいて相手をする。 象は大人になっても水浴びや泥浴びをする。動物園にいる象とケニアの象では色が違うことにお気づきであろうか。象はその土地の土の色になる。それは土を身体に浴びて、強い太陽光線から皮膚を守るためだ。水や泥を浴びることが象にとってのスキンケアなのだ。飼育担当者は子象にそれをさせてあげる。ホースで水をかけたり、時には泥の中で相撲を取ったりする。寝るときも子象と一緒だ。当番制で子象の小屋で寝る。それほど繊細だから新たに孤児の象を見つけると飼育係に慣らすのが大切な仕事となる。どんなに手厚く保護しても、子象が心を開かない限り飼育はできない。せっかく助けても育てられないことも時々ある。

(写真その3)

 以上ふたつのポイントを押さえた上で、はじめて有効な人工母乳の開発に取りかかることができた。母親のいない子象のために、母乳の代わりになるミルクを動物孤児院のダフニー・シェルドリックは研究開発したのだ。開発されるまでは不可能だと言われていた。しかし、何度も試行錯誤ののちに調合に成功する。完全脱脂のスキム・ミルク、米のとぎ汁、ビタミン剤などが入っている。 ダフニーがミルクの調合を見つけるまで、二歳以下の子象は親なしでは、世界中のどんな研究者も動物園も育てることができなかった。それはつまり、何頭もの孤児の子象を育てようとして失敗し、その痛みに耐え続けながらミルクの開発をあきらめなかったダフニーの信念がなければできないことだった。

 ミルクの飲ませ方、スキンシップ、そしてミルクの調合。この三つのポイントを整えてはじめて二歳以下の子象は育つことができる。しかし子象は人間に育てられただけでは立派な象にはなれない。象の掟や言葉を覚えなければ一人前の象として自然の中では生きていけない。

(写真その4)

 象は70程の言葉を使っていると言われている。ある声は水が近くにあることを示し、ある声は敵が近づいてきたことを示す。もちろん人間に育てられればそれらがわからない。言葉だけでなく、様々な作法もあるらしい。孤児だった子象たちはそれらを知らないために象の群れにはなかなか近づけないのだ。だから動物孤児院の飼育係は大きくなってきた象たちを連れて草原に出る。象の群れに出会うとそのそばに行って言葉や作法を覚えるようにうながすのだ。しかし、それは簡単なことではない。何度も繰り返すことでやっと群れに入れてもらえる象が現れる。動物孤児院からはすでに何頭もの象が自然に帰った。

 動物孤児院では象たちに英語で話しかけろと言われた。英語で育てられると英語は理解できるようになるというのだ。ほかの言葉で話しかけられると混乱するという。疑り深い僕は本当かなと思った。あるとき、イッペンジーという名の子象が、何を思ったのか僕に向かって突進してきた。あまりもの勢いに逃げようかとも考えたが思い切って英語で叫んでみた。
「Stop!」
 するとイッペンジーはその場で立ち止まった。
「Go away!」
 そう叫ぶとイッペンジーは踵を返して子象の群れに向かって走っていった。

 人間でも新たに言葉を覚えるのは難しいことだ。三才までに聞いた言葉は覚えやすいことが言語学の研究からわかっている。しかし、ある程度育ったあとで新しい言葉を覚えるのは簡単なことではない。人間がそうなのだから、幼い頃に英語を覚え、大人になってから象の言葉を覚える象はきっと大変なことだろう。それに付き合い続ける動物孤児院の職員たちには頭が下がる思いがする。

 英語から、象の言葉へ。それに対応できる象は確かに頭がいい。そして、その頭の良さと繊細さが象を育てる難しさの原因でもある。頭がいいからこそ仲間を識別し、執着し、繊細であるからこそ母親の温もりを求める。


プロフィール

つなぶちようじ
つなぶちようじ

ライター。文章ワークショップ「ヒーリング・ライティング」主宰。NPO法人「ピース・キッズ・サッカー」理事。著書『胎内記憶』『あなた自身のストーリーを書く』など。マラソンを5時間以内で走ろうと調整中。
http://www.tsunabuchi.com/


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