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まるい地球を駆け抜けろ

第五回 象の話 その1 エレナ

文・写真:つなぶちようじ | 2008.05.30

(写真その1)

 1994年、ケニアのツァボ国立公園に行った。目的は一頭の象に会うこと。象の名前はエレナ。龍村仁監督の映画「地球交響曲」に登場する象だ。
 それより半年ほど前、僕は友人とバーにいた。話をしながら隣にたまたま座っていたふたりの女性と仲良くなった。そのひとりが講談社別冊フレンドの編集者だった。酔った勢いで「漫画の原作を持っていったら使ってくれるか?」と聞いたところ、「面白かったらね」と返事をもらう。一週間後、企画案を持って編集部へ行った。その案にエレナのことを書いていた。企画は通り、エレナのいるツァボ国立公園に出張することになった。しかし、出張は決まったものの必ずエレナに会えるわけではない。エレナは野性に帰った象なのだ。
「乾期なら水飲み場を探せば会えるかもしれませんけど、雨期ではほとんど無理でしょう。ツァボ国立公園は、ほぼ四国ほどの大きさがあります」
 現地のコーディネーターからはそう聞かされた。たとえ会えなくてもどんな環境で育ったのかが見られればいいと思い出発する。
 まずはエレナが育てられた動物孤児院(The David Sheldrick Wild Life Trust)に行く。エレナは孤児の象として育てられ、映画「野生のエルザ」にも出演し、有名な象になった。以来、エレナはナイロビで宣伝材料にされ、ストレスで憔悴する。それを心配したのが孤児になったエレナを保護するために捕獲したケニア山自然公園管理官のビル・ウッドレイだった。ウッドレイは以前からの知り合いだったダフニー・シェルドリックのところへエレナを預けることにする。
 ダフニー・シェルドリックはツァボ国立公園で動物孤児院を運営している。ダフニーの夫デイビッド・シェルドリックは1947年ツァボ国立公園の初代園長となった。すると公園内で見つかる孤児の動物をいろんな人が連れてくるようになる。それらをダフニーは育てて自然に帰していった。それが組織化されて動物孤児院となる。たいていの動物はしばらく育てれば自然に帰せたが、象だけは帰すのが難しかった。孤児の象はデリケートでなかなか育たず、育ったとしても自然にはなかなか帰せなかった。なぜなら象には象の文化があったからだ。しかし、どんな困難にもめげずにダフニーは象を育て続ける。二歳以下の象は親がいないと育てられないと言われたが、ついにはそれも可能にした。

(写真その2)
(写真その3)

 動物孤児院にはたくさんの子象がいた。それは人間の腰より低い象から、ニメートル近くの象までいろいろだ。その象たちが僕に寄ってきて鼻を差し出す。ダフニーは教えてくれた。
「象が鼻を伸ばしてきたというのはあなたに興味を持っているってことよ。挨拶してあげなさい。挨拶はね、鼻の先に口を寄せてふって息を吹きかけてあげればいいのよ」
 僕は両手ですくうようにして鼻先を持ち、そこに息を吹きかけた。
「これでその象はあなたのことを一生忘れないわ」
 まさかと思った。人間だってよほど印象に残った人でなければ子どもの頃に会った人のことを一生なんて覚えていない。するとコーディネーターが言った。
「じゃあ、エレナは僕のこと覚えているかな。10年ほど前、まだここにいたときに一度だけ会っているから」
 翌日、動物孤児院の職員をひとり連れて、ツァボ国立公園内をエレナを探してジープで走った。時々象に出会うが、どの象がエレナかわからない。ところが動物孤児院の職員は見ればわかるという。まる一日走ったが、結局見つからなかった。夕方、丘の上にある動物孤児院にその職員を送って帰ろうとしたら、遠くに象の群れを見つけた。エレナかもしれない。再び職員に車に乗ってもらい、その象のそばまで走っていった。
 遠くの森の中を右から左にゆっくりと行進する象の群れ。 職員は「エレナの群れです」と言った。 国立公園内では車両は道から草原の中に入ってはならない。このまま遠くから見るだけでは実感が湧かない、こんなときのために僕はある練習をしていた。
「エレナーっ、エレナーっ」
 一緒に行ったマンガ家も編集者も、僕がいったい何をしだしたのか驚いた。会ったこともない象を呼び寄せるなんてできるはずがない。ところが象の群れはクルッと方向を変え、こちらに歩いてくる。龍村監督に「地球交響曲」のビデオをお借りして、ダフニーさんがエレナを呼ぶところを何度も聞いて呼び方をまねたのだ。
 エレナは僕たちから二、三メートルのところで止まると、ものすごく低い声で啼いた。あまりの重低音に身体が震えた。
「喜んでますね」
 動物孤児院の職員がポツリと言う。するとエレナは職員に向かって鼻を伸ばした。職員はエレナの鼻を撫でてやる。次にエレナは、すぐ隣にいる僕やマンガ家、編集者を通り越して、車の窓の中にいたコーディネーターに鼻を伸ばした。
「エレナが俺を覚えている!」
 コーディネーターは歓喜に震えた。そのあとで僕らも挨拶してもらった。映像でしか見られなかった一頭の象に、地球の果てで出会うことができた。なんでも忘れていく僕だけど、このときの感激は一生忘れないだろう。

(写真その4)

動物孤児院(デイビッド・シェルドリック・ワイルドライフ・トラスト)
http://www.sheldrickwildlifetrust.org/
映画「地球交響曲」龍村仁公式サイト
http://gaiasymphony.com


プロフィール

つなぶちようじ
つなぶちようじ

ライター。文章ワークショップ「ヒーリング・ライティング」主宰。NPO法人「ピース・キッズ・サッカー」理事。著書『胎内記憶』『あなた自身のストーリーを書く』など。マラソンを5時間以内で走ろうと調整中。
http://www.tsunabuchi.com/


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