まるい地球を駆け抜けろ
第四回 マウイ島の手作りサンダル
文・写真:つなぶちようじ | 2008.04.02
ハワイ・マウイ島のラハイナ港はむかし捕鯨基地だった。ここから出発する捕鯨船がたくさんの鯨を捕獲し、その脂を搾って売っていた。その名残でこの港からはいまでもホエール・ウォッチングの船が出る。1999年に鯨を見にここを訪れたとき、港の正面にあるマーケットに日本語で「手作りサンダル」と書かれた看板を見つけた。その店に入るとサンタクロースがランニングシャツを着ているようなおじさんがいた。
少し高くなった台の上に置かれた一人掛けの大きなソファに客を座らせ、その足のサイズを測っていた。足の下に紙を置き、そこに鉛筆で足の形を書き写す。客に対する態度は朴訥で、売ろうとするために言葉を選ぶようなことはない。そこまでずけずけ言ったら悪いんじゃない? とこちらが心配をしてしまうような物言いだ。だけど完成品のサンダルとおじさんの雰囲気にとても興味を持った。
「このサンダルは何が特徴なのですか?」
質問するとおじさんは答えた。
「このサンダルは履いてそこいらを歩けばすぐに良さがわかる。だけど、本当のよさがわかるにはしばらく履き続けた方がいい。そしたら手放せなくなる。20年も前に買った人がいまだに修理に寄越す。新しいのを買ってもらいたいんだが、使い続けることでその良さが膨らむから、商売としてはあまりうまくないが、まあ仕方ないな」
そして、最近修理に送られてきたというぼろぼろのサンダルを見せてくれた。
「これはマイアミに住んでいる男のだ。これで7年目。5年前までこの近所にいたんだがマイアミに引っ越した。ま、ここまで履いてくれれば職人冥利に尽きるね」
「このサンダルはおじさんが考案したの?」
「いや、昔映画の小道具をやっていてな。そのときに古代のサンダルの作り方を教えてもらったのさ。『ベンハー』とか『十戒』とか一時流行っていたろ。それでその作り方でサンダルを作るようになったのさ」
その場でサイズを測ってもらい、一足注文した。できあがりはほぼ二ヶ月後、自宅に郵送してもらった。
「革紐は痛いくらいにきつく縛ってしばらく我慢する。そうすると馴染んだ頃には手放せない」
その言葉通り、このサンダルは夏や暑い地方へ行くときのマストアイテムになった。
履き始めは皮が硬く、きつく縛られているので足が痛くなる。ところが二、三日我慢していると気にならなくなり、もっと時が経つとサンダルが自分の足の一部のようになってくる。
現代の靴は自分の足を守ることが最優先で、地面がどうなっていても変わらぬスタンスで歩けるようになっている。しかし、このサンダルは地面の状態が履いているだけでわかる。地面がコンクリートなのかアスファルトなのか、水分を含んでいるのか乾いているのか、表面がザラザラなのかツルツルなのか。つまり、地面と対話するサンダルなのだ。どんな状況でも履いている人間をただ守るような、一方的押しつけ的な靴とは大違い。現代の間違いは環境を無視することで人間だけを守ろうとする態度ではなかろうか。このサンダルは底の皮を通して足の下がどんな状態かを教えてくれる。夏の焼けるようなアスファルトの上をこのサンダルでは歩きたくはない。 一番心地いいのは、しっとりと水分を含んだ暖かい土の上を、自分の重さでへこむのを感じながら歩くことだ。
このサンダルを履くことはつまり現代の価値観とはまったく別の感覚で生きること。現代の履き物は履いてすぐ使い物にならなければいけない。履きならすような靴は売れないのだ。それから速く歩けないといけない。しかし、このサンダルは底も革製ですから地面のグリップが甘い。雨の日にタイルの上を歩こうものならツルツルとすべってしまう。晴れた日のアスファルトの上でさえ走ろうとすると滑る。そして履くのにちょっと手間取る。足の親指と人差し指の間に革紐を通し、かかとの紐をフィットさせるす。何事にも効率とスピードを求められる現代では使いにくい物なのだ。
ところがこのサンダルの生み出すテンポと使い心地に一度慣れれば、都会の真ん中でも風景が変わる。このサンダルのおかげで新宿にいても気分はマウイ。砂浜の波打ち際をゆっくり歩く、そんなテンポと心持ちが似合うのだ。
履き続けたために四年ほどで左足の底に穴が開いた。2005年、ホノルルマラソンに出場するついでにマウイに寄り、修理してもらった。
「あんたの仕事はなにかね?」
「ライターです」
「ほう、アメリカのライターとは違うね。頭を使っている」
「は?」
「アメリカのライターはメディアの言いたいことしか書けないから右脳が使えないんだ。だから右足の底がだめになる。左脳ばかり使ってその結果悪い油が右足に出るんだ」
「ほう」
「ノーム・チョムスキーも原稿を見ればそれがどの雑誌のものかわかると言ってる。ライターが書きたいことを書いているのではなく、メディアのオーナーが言いたいことだけ書かされているからだ。そんな原稿ばかり書いていると右脳がだめになる。あんたはちゃんと考えて原稿を書くんだぞ」
サンダルは2008年2月現在、男性用185ドル、女性用が165ドル。サイズが特に大きい場合は超過料金が加えられる。色は三色あり、足形さえ送ればメールでの注文も受け付けている。ただし送料は別。詳細についてはホームページにて。
アイランド・サンダルURL http://www.islandsandals.com/
プロフィール
つなぶちようじ
ライター。文章ワークショップ「ヒーリング・ライティング」主宰。NPO法人「ピース・キッズ・サッカー」理事。著書『胎内記憶』『あなた自身のストーリーを書く』など。マラソンを5時間以内で走ろうと調整中。
http://www.tsunabuchi.com/
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