まるい地球を駆け抜けろ
第七回 象の話 その3 象の未来
文・写真:つなぶちようじ | 2009.04.22
ニューズウィーク2008年4月2日号に「密猟ビジネスの血塗られた連鎖」という記事が掲載された。内容はチャド政府が国立公園本部の企画室に保管されていた象牙、1.5トン、130万ドル相当を奪われかけたことから書き始められている。この襲撃で国立公園の警備員が三名亡くなったそうだ。象牙は奪われなかったが、問題はジャンジャウィードというアラブ系民族組織が象牙を狙い、資金源にしようとしていることだ。この二年間にジャンジャウィードが密猟した象は数百頭になるとチャド当局は言っている。ジャンジャウィードは非アラブ系住民の大量虐殺をスーダン西部のダルフール地方でおこなっている。
(写真その2)
ケニアはスーダンと国境を接する隣国だ。動物たちは自由に行き来し、密猟者たちも同様に移動する。僕がケニアに行った1994年でも、象の密猟者たちとの戦いは危険なものだった。密猟が見つかると重罪になるので密猟者たちは見つかったら逃げようとして銃撃戦になるのだ。そのために動物保護のための団体ケニア・ワイルドライフ・サービスは軍隊のような演習を行っていた。
象は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora)」によって保護されている。通称ワシントン条約とか、英名の頭文字を取ってCITES(サイテス)とも呼ばれる。この条約は時々ゆるめられ、量を制限して狩猟が許可されることがある。すると輸出される象牙には特に印が付けられるわけではないので、密猟による象牙も一緒に輸出されるようになってしまう。2002年にも象牙の輸出規制が解かれ、密猟が問題になった。
なぜCITESがゆるめられるかというと、保護によって象の頭数が増えると畑が荒らされ、アフリカの農民が困るからだという説がある。しかし、ことはそんなに簡単ではない。
もともとアフリカでの狩猟は槍でおこなわれていた。そんなに大量に野生動物を狩るわけではなかった。そこに白人たちがやってきて銃で猟を始める。そうすればどんな野生動物もいっきょに数を減らすこととなる。そこで白人は猟の許可証を発行するようになった。当然、伝統的な狩りをしていた人たちに許可証が発行されるわけなどない。伝統的な狩りをしていた人たちはいつのまにか密猟者にされてしまう。その結果、狩猟を生活の手段にしていたアフリカの人たちは、狩猟を禁じられて牧畜や農耕をしなければならなくなった。もちろん西洋社会の価値観を受け入れ順応していった人たちもいるが、伝統を重んじ生きようとする人たちもいる。日本における捕鯨問題と同じような状態を強いられることになった。
象は生きるために広大な土地が必要だ。もし狭い土地に囲われると、その地域の草木を食い尽くしてしまう。広い大地に順応するよう進化してきたからにほかならない。ところが近年、畑ができ、輸送のために道路ができ、広大な土地はどんどんと細分化されてしまう。象は主要道路を横断せざるを得なくなり、誰かの畑を横切っていかなければならなくなる。その結果、少し頭数が増えると社会問題化されて狩猟が許可される。
そこで象の保護をする「Save The Elephants」では、現代の技術を使うことにした。象の首に発信器を取り付け、GPSと携帯電話に連動させ、もし象が保護地区から外に出ると保護官の携帯電話に連絡が入り、象を助けに行くようにしたのだ。象は頭がいい。前にも書いたように英語で育てられれば通じるほどだ。保護地区から出ることを何度か注意されればそのことはしなくなるし、群れにその知識が伝われば、群れ全体でしなくなる。
1994年の滞在中にルワンダのツチ族とフツ族の大虐殺が始まった。80万から100万人が殺されたというこの紛争も、植民地化の際に白人によっておこなわれた差別が元凶になっているという。最初の差別は人が人を殺さなければならないほどひどい差別ではなかっただろう。しかし、その差別が時を経るにつれ、悪循環を生み、肥大化していく。象の問題も、肥大化するような悪循環を断ち切らなければならない。
象のGPSは携帯電話のネットワークを通じて発信するため基地局が必要になる。象が携帯電話の基地局のそばにいつもいてくれればいいのだが、そうはいかない。ひとのいないような地域に行ったときのためには新たに基地局を作らなければならない。しかし電源を引き、電話回線を引いていたら莫大なお金がかかる。そこで電気がなくても、電話回線がなくても基地局ができるように、太陽電池や風力発電による基地局が発明されたそうだ。これによってアフリカ全土に、もし安価に携帯電話が普及したら、情報手段が整備されることで「暗黒大陸」から開かれた大陸に脱皮する可能性が生まれる。象をきっかけにしてできたこの小さな可能性をどう大きくしていくか、それがこれからの課題となるようだ。象にとっても、人間にとっても素敵な未来になることを祈る。
プロフィール
つなぶちようじ
ライター。文章ワークショップ「ヒーリング・ライティング」主宰。NPO法人「ピース・キッズ・サッカー」理事。著書『胎内記憶』『あなた自身のストーリーを書く』など。マラソンを5時間以内で走ろうと調整中。
http://www.tsunabuchi.com/
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