芝浦日乗
第一回 真夏の夜の悪夢
文:津久井耀平 | 2007.08.24
友人から「女児誕生」の吉報来たる。おぉ、ヤツもパパかぁ――。
学生時代、いつもツルんでいた(ように思う)のだが、実はソリの合わないヤツだった。ある日、サークルの仲間でご当地ラーメンの話になったことがある。ふだんラーメンなんか食べないスカしたやつまで、その時はなぜかミョーに熱く語り「食べに行こう!」と話しは一気に進んだ。理屈のない発想、言動、行動は、若者の特権だ(と思う)。で、どこに行く? さすがに札幌や博多は候補にならず、圧倒的多数で決まったのが佐野。よしよし、順当だ。青竹でのす、独特のとろんとした麺と、出汁が濃く、まろやかな塩気のスープは、なぜか東京ではお目にかかれないご当地ラーメンの筆頭だ。
「んじゃ、行こうぜ!」と誰が車を出す、運転はどうする、帰りは群馬の温泉で一泊しちゃう!? などなど、みなが口々に物言い盛り上がっていると、呼んでもいないのにヤツが来て「おまえら、アホちゃうか? ラーメン食いにわざわざ佐野くんだりまでホンマに行くんかぁ?」と水をさした。「高速代やらガソリン代やら、いったい一杯いくらのラーメンになると思ってんのや?」。
それまで、とり憑かれたように佐野行きを決意していた面々が、ヤツの登場によって意気消沈、結局、佐野ラーメンを食べることなく終わった――。
今にして思えば、この手のコトは社会人になってから、何度となく遭遇した。ぼくの場合、午年ゆえか、猪突猛進、先走りすることが少なくない。そんな時、諌めてもらうというか、手綱を引いてもらうというか、折々で、一歩踏みとどまらせてくれる人が周りにいたような気がする。その時は「出鼻を挫きやがって」と思っても、結果的に難を背負い込まずに済んだことが一度や二度ではない。割れ鍋に綴じ蓋、ではないけれど、この世の中、人それぞれきちんと役回りがあるもんだ。
とは言え、ものには言い方がある。ヤツの憎まれ口だけはどうにも我慢ならん。フフフ「お祝い、高速代引いといたかんな!」と言い放ってやろうか……。まぁ、それも40を過ぎたオヤジの言うセリフじゃないな。だいいち、オレはヤツみたいにセコくない。
(写真その1) 果してヤツの家に到着すと「おまえ、相変わらず見栄ぱりやなー、高速代、ガソリン代使って来た挙句、こんなたいそうなモン持って来て」
きたきた。まったくハラの立つヤツである。はじめに礼をいうべきだろう、礼を。しかしまぁ、ここまでくると、もはや才能だな。
でも、そんな憎らしいオヤジのことは、どーでもいいほど、赤ちゃんがかわいい。つぶらな瞳をパチンと開き微笑む様子は、吸い込まれるほど愛くるしい。
赤ちゃんの笑顔で、すっかりデトックスさせてもらったせいもり、ヤツと喧嘩になる前に帰るつもりが、ビール→ワイン→紹興酒→焼酎とフルコースに。夏の暑い日差しが暮れかけるころには、日焼けともつかぬ赤ら顔に。赤ちゃんとの距離も一気に縮まり「アブアブ」と胡坐を組んだぼくの足によじ登ってじゃれつくまでになった。それに気をよくした奥さんが「はい、おじちゃんに抱っこね」と赤ん坊をひょいと持ち上げ、ぼくに抱かせようとした。そうとう酔っていた手前、抱っこするのが恐く「いいよいいよ、この子が18歳になったら抱かせてもらうよ」とぼくとしては丁重に辞退したつもりだったのだが、奥さんは敏感に反応。「やぁねー、ツクイさんたら」と口では言いつつ、きっと世の女性は変質者を見るときはこんな風になるんだろうなぁ、という目がしっかりとぼくに向けられていた。そして、言うが早いか赤ちゃんを自分の胸に抱きかかえたのであった。母親に対して子どもをネタにするときは、言葉を慎重に選ばねばならぬ。
連れに運転してもらって帰る道すがら、対向車のライトが時折奥さんの目に見えた。
プロフィール
津久井耀平
(つくい ようへい)
フリーランスの雑誌編集者。リーズナブルなモノ、コンビニエントなモノがハバをきかせ「真っ当なモノ」が見えにくく、手に入りにくい現代に、ひと言もふた言もいいたいとlohas.co.jpに参画。
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日常ではなく 僧名のような日乗師には何か意味があるのでしょうか?
乳飲み子といえば、姉の授乳姿を写真にとって 義兄から怒られたことを思い出しました。そんな意識はまったく無かったのですが。
投稿者:westing21
2007年08月26日 19:39
westing21さま
さっそくお読みいただきありがとうございます。
単にlohas.co.jpの事務所が芝浦にあり、
そこでの「日記」(日乗)という意味です。
ベタなタイトルですみません……。
westing21さんも、イタい思い出があるのですね(笑)。
しかし、義兄さまはよほどお姉さまを愛されていたのでしょう。
お互い、今後は気をつけましょうね。
つくい拝
投稿者:つくい
2007年08月27日 11:56
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