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LOHAS編集部が惚れ込んだマイスター
日本理化学工業 株式会社
会長 大山泰弘さん

「子どもたちに、自由に落書きをさせたい。その思いが作り上げた「不思議なチョーク」。
LOHAS編集部 [2009.01.11]


どもの頃、落ちている石ころで道路に落書きをした。何を描いていたかは定かではないが、その時、やけに気分がウキウキしていたことだけは、今もはっきり覚えている。子どもにとって、落書きは無条件に楽しい。それを子どもたちに思い切りさせてあげたいと、不思議なチョークを作り上げたマイスターを川崎市に訪ねた。

「昭和のはじめ、学校の先生の中には肺病を患う方が少なくなかったのです。当時、その原因がチョークの粉にあると言われていました。そのため、ある学校関係者の方が先代に、アメリカには粉の出ないチョークがあるらしい。それをぜひとも輸入してもらえないか、と相談されたことがきっかけとなったようです」と大山泰弘さんは当時を振り返る。
 先代は、さっそくそのチョークをアメリカから取り寄せた。そして調べてみると主成分が炭酸カルシウムであることがわかる。それに対し日本のチョークの主成分は石膏。柔らかな書き心地の反面、粉の飛散量が多い。そのため、先述したように「肺結核は学校の先生の職業病」とまで言われていたのだ。
 炭酸カルシウムであれば、日本にはたくさん原料がある。わざわざアメリカから輸入しなくても自分たちで作れるのではないか。そして昭和12年、炭酸カルシウムを主成分にした「ダストレスチョーク」が産声を上げる。このダストレスチョークが戦後一気に普及し、同社製チョークは日本において30%以上ものシェアを誇ることになる。


ダストレスチョークに続き
開発されたキットパス。
いつの時代も「使う人の視線」が
同社のモノ作りの基本にある。


日本理化学工業株式会社
会長 大山泰弘さん


かし、少子化にともないチョークの需要は減少、シェアが大きくとも全体のパイが減ってしまえば企業としての存続も危ぶまれる。新たな需要喚起には、新しいチョークが必要不可欠と思案していた大山さんは、ある日、子どもの落書きにそのヒントを見出した。
「落書きは、情操教育に大きな影響を与えることを知ったのです」
 大山さんが落書きに着目したのは、三歳児教育学会会長・しいのみ学園園長の曻地三郎氏によって「子育ては三歳までが勝負」であり、知的障害をもった子どもでも、三歳までに人の脳が急速に発達する時期に感じる心を目覚めさせる遊びを通して、約15%の確率で一般の幼稚園・保育園に転出できた、と報告されているのを知ったことも理由の一つである。 「子どもたちが、思い切り落書きのできるチョーク」というターゲットが決まってからは、開発部長を務める実弟とともに、まさしく夜鍋による試行錯誤が繰り返された。
「子どもたちが使う以上、口に入れても無害であることは絶対条件でした」


大山さんがキットパスの開発にあたり実弟とまさしく“夜鍋”していたころの道具。

 安全性はもちろん「書き心地」と「経済性」を両立させることも大きな課題であった。書き心地はチョークの柔らかさに左右される。しかし、柔らかければ柔らかいほど“減り”が早い。また、経済性のほかに、もうひとつチョークをやわらかくする理由があった。
「力のない子どもは、柔らかくないと長い時間書いていられないのです」(大山さん)。
 ここでも、大山さんは使う子どもの視点を忘れていない。大山さんのモノ作りは、常に使う人の側に立っている。かつてジャーナリストの武田徹氏は、その著書「メイド・イン・ジャパン・ヒストリー」(徳間書店)のあとがきで、かつて世界を席捲した日本製品のいくつかが次第に衰退していく現状を鑑み『商品と人間の関係をもう一度考え直すところから始めないとならない』と指摘している。使う立場の視点を忘れないモノ作りは、いつの時代でも普遍なのだ。

 そうして出来上がった「キットパス」は、チョークとクレヨン、そしてマーカーの長所を併せ持つ、まったく新しいタイプの筆記具となった。詳細は別項を参照願いたいが、とりわけ、従来のマーカーのウィークポントであった、①消しカスが出る、そしてその消しカスはチョークの粉よりむしろ身体に良くない、②揮発性のためキャップを外していると乾いてしまう、③すぐに書けなくなる、という3点に関しては、絶対的なアドバンテージを有するため、ホワイトボード用の筆記具としても注目される。

人間としての本当の歓びとは。
それを知らせたいという、
一人の教師の切なる願いが
知的障害者雇用のきっかけに。


回、大山泰弘さんを日本理化学工業に訪ねた目的は、実は「キットパス」の他にもうひとつあった。それが、同社が昭和35年から推進する「知的障害者雇用」である。
 「最初は、就職活動をしに来た先生を私自身、門前払いをしていました」(大山さん)。
 その理由は、改めて述べるまでもないだろう。しかし、大山さんに断られても、担任の先生は諦めず通い通した。そして……。
「何回目の時に『就職がダメであれば、仕事をする体験だけでさせてほしい。もしこのまま施設で保護をされた生活をしていたら、この子たちは働く歓びを知らずに一生を終えてしまう』と言われたのです」
 その一言で、ついに大山さんは説得され、昭和34年、二人の知的障害者が“体験実習”することになった。
「出勤途中に事故に遭わないか、他の社員ときちんとコミュニケーションがとれるかどうか……。彼らに対する不安はつきませんでした」
 しかし、大山さんの心配は杞憂に終った。昼休みの休憩のベルが鳴っても、誰かが声をかけない限り、黙々と作業を続けていた。体験実習終了の日、そんな彼らの働く姿勢を日々見ていた社員から「なにかあったら私たちが面倒をみますから」と声が上がった。
 そうして、二人の知的障害者が、晴れて日本理化学の正社員となった。まもなく、当初は親に付き添われて出勤していた二人は、そのうち一人で通勤できるようになった。そして、そのことが日本理化学にとって大きな転機となる。
「彼らは、毎日駅から会社までの道のりを、きちんと信号を間違えずに歩いてくるのです。だから事故に遭うこともない。たとえ読み書きが出来なくても、色の判断はつく。仕事も、彼らが判断できるような段取りさえつけてあげれば、なんの問題もなく作業が行なわれるに違いないと思ったのです」(大山さん)
 こうして、配合材料の計量を容器の色分けによって行なう工夫が生まれた。材料ごとに、ケース、計量カップ、秤(錘)まで、すべて同じ材料は同じ色で統一し、何.何kgという細かな数字まで秤の目盛を調節しなくても1回で量れる色別のおもりを用意することによって、彼らは複雑な材料の計量を正確にこなすことができるようになった。攪拌や加熱の時間に関しても針により時間を判断する一般的な時計(タイマー)ではなく、砂時計を傍らに置かせた。この方法であれば、時間の概念が理解できなくても、スイッチを入れたら砂時計をひっくり返し、砂が完全に下に落ちたらスイッチを止めればよいのである。
 「毎日不安を抱えて仕事をしていたら、頭が疲れちゃいます。そんな不安を取り除き、判りやすくすれば仕事に集中できます」

 こうした大山さんの努力によって、日本理化学工業では障害者中心でチョーク作りが行なわれるようになり、現在は川崎、北海道にある二つの工場を合せると、実に70%以上の社員が知的障害者である。

 大山さんは、人間の究極の幸せは
  愛されること。
  ほめられること。
  役に立つこと。
  必要とされること。
 この4つに集約されるという。
「大雨の時に来れば『ありがとう。助かったよ』と声をかけられる。そういう歓びこそ、人間である存在理由なんです。本当の幸せは、社会との関わりの中でこそ得られるんです」
   50年間、知的障害者と真正面から向き合ってきたマイスターは、穏やかに笑った。


日本理化学工業の工場に見る
本当のユニバーサルデザイン。

1. 色分けによる材料計量

知的障害者に余計な負担をかけないためにと、さまざま工夫が凝らされる日本理化学工業の工場。社員に仕事を強いるのではなく、どうすれば出来るようになるか――。この姿勢があったからこそ、知的障害者が安心して働け、そして企業としても70年以上歴史を刻んでこられた。

赤いバケツに入った材料を計量するときは赤のおもりを乗せるなど材料原料ごとに色分けし、秤の数値を読まなくても彼らの理解力で仕事ができるように工夫している。作業を人に合わせ、仕事に集中してもらうため、余分な負担をかけないようにとの配慮。

2. 測定ケース

出来上がったチョークの太さを測るのも、ノギスではなく、この独自に作ったケース。内部に段があり、これに引っかかる太さが規格通り。太すぎるとこの溝に入らないし、細すぎるものは下まで落ちてしまう。

3. 砂時計

加熱や攪拌の時間の判断は砂時計。隣は湿度/温度計。

4. チョーク切断作業

出来上がったチョークを規定の長さに切断するカッター。 手を挟まないように、両手でスイッチを押さないと作動しない。

製品紹介

キットパス
1,050円(12色入り/税込)

口紅にも使われるパラフィンを主原料に作られるキットパス。万が一、子供が口にいれたとしても大丈夫。
また、キャップを外していてもマーカーのように途中でかけなくなることはない。
そして、本文でもふれたように、ガラスなどつるつるした面であれば、水拭きで簡単に消せ、消しかすもでない。子供の落書きツールにぴったりではないか。


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