美味の決め手は箸にあり
“森林破壊の根源”なんて、なにやら物騒な言われ方をしている割り箸。けれども、実は、千利休が説いた一期一会の精神の現れ、という側面もあります。一方、近ごろでは、たとえコンビニのお弁当でも、より美味しく食べたいという理由で「マイ箸」を携帯する人も増えてきました……。
少年野球の遠征試合が終わると、監督は決まって小学校の隣にある中華屋でラーメンを食べさせてくれた。その時、監督が割り箸の先をチョンチョンと擦り合わせ、ささくれを取る仕草を見ると、なぜか「大人なぁ~」と感心したものだった。何度か真似てはみたものの力を入れ過ぎるのか、逆にトゲが立ち使い物にならなくなって、こそっともう一膳を手に取るはめになる。ついぞ、あの技は習得できなかった……。
そんなかんなで、いささか偏ってはいるが「割り箸」にはちょっとノスタルジックな思い出がある。しかし、先日近所の居酒屋でサラリーマン風情の男性が「割り箸ってマズくない?」と話しているのを小耳に挟んだ。曰く「持ちにくい」、「味気ない」、といったことが主張の主な理由。もちろん、料亭で出される杉や竹の上品な割り箸もあるけれど、日常的に使う(使わされる)割り箸は、少なからず、彼の主張に当てはまるふしがある。加えて、昨今の環境問題ではやり玉に挙げられることも少なくない。
そこで、わが日本食の基本である“箸”をちょっくら見直したくなった。
LOHAS編集部 [2007.06.29]
行き届いた気配りがうれしい中野の名店
東京都中野区、JR中野駅から歩いて2分ほどのところにある花粧。まだオープンして4年足らずだが、地元はもとより、都心部から足繁く通う常連客も少なくない。
「この店を出そうと思った時から、割り箸を使うことは考えていませんでした。もったいないことはもちろんですが、やはり板前が一生懸命に作った料理は、より美味しく召し上がっていただきたいものですから」とは、女将の高田礼子さん。開店に際し、自らの足でお客さまが美味しく食事をするための箸を探し求めた。そして巡り会ったのが、江戸木箸の老舗「大黒屋」(東京・向島)であった。
「このお箸は、もともと大黒屋さんが商品として販売していたものを、女性の方でも使いやすいように、ほんのちょっと細身にしていただいたんです」
その箸が評判となり、いまでは大黒屋で販売される商品(一膳1,600円)も、高田さんが注文したサイズに変更されたそうだ。
花粧
東京都中野区中野2-12-9 高田ビルB1F
(JR中野駅南口徒歩2分)
TEL 03-5328-7077
ディナー/17:00~24:00
(日祝日は23:00まで)
箸ばかりではなく、お酒を割る水もクロレラを含む温泉水を使用するなど、女将の濃やかな心遣いが嬉しいお店。
http://www.hana-sho.com/tenpo.html
左上・3回ほど削り直された箸。新品と比べて、若干ではあるが短くなっている。右下・削り直しの時を待つ箸たち。
縞黒檀製のそれを持つと、程よい重さでしっくりと手に馴染む。箸先を見ると、木箸にありがちな色抜けがない。「ちょいと失礼」、隣で取材を忘れカウンターに並んだ料理に手を伸ばしている連れの箸を見る。同じく、真新しいようにきれいだ。特別な塗装が施されているのか……?
「いえいえ、ふつうの木箸ですよ。でも、半年に1回くらいの割合で、大黒屋さんに削り直してもらっているんです。一般家庭と違い、やはり傷みは激しいですから、お客さまに気持ちよく召し上がっていただくには、どうしても手入れが必要です。傷みの具合にもよりますが、それぞれ4回くらいまでは直しが効きますから」。おそれいった。
ある料理評論家の方が言っていた。
「正直なところ、いま、東京でハシボウの料理を出す店はまずない。逆に驚くような料理を食べようとすると懐も驚くのでめったに行けない。となると、客は何で店を選ぶか。それはいかに気持ちよく飲んで、食べさせてくれるかだ」
たしかに、どんなに話題の高級店で食事をしても、その相手が嫌いな人間であったなら、気のおけない友人との食事のほうが、どんなに美味しいと感じることか。料理が美味しい、酒が美味いと感じるのは、その時間が快適か否かに左右される。花粧には、今度はプライベートで来よう。
愛着のある割り箸だから、
最後の最後までムダにしません
花粧取材の数日後、ぼくは群馬県のイタリアンレストラン「ろぐてい」を訪れた。編集部がキャッチした事前情報によると、ほとんどのお客さんが自分で使った割り箸を持ち帰るという。イタリアンなのに割り箸? まぁ、いい。わが編集部の情報網を信じよう。
お邪魔すると、人なつっこい笑顔が印象的な女将の渡部りつこさんが出迎えてくれた。間髪入れずに、厨房からご主人の綱善さんが「いらっしゃいませ」と威勢のいい声をかけてくださった。お二人はもともと東京にお住まいで、綱善さんが食品メーカーのレストラン部に勤務し、りつこさんの家が割烹店を営んでいた。ところが、10年前に綱善さんが趣味の渓流釣りで訪れた当地を気に入り、移住してしまったそうだ。なんともロハスなお二人である。
りつこさんに単刀直入に冒頭の質問をする。なんで割り箸?
「メインのイタリアンは主人の分担なのですが、私が懐石料理を作ることもあるんです。ですから、割り箸はどうしても用意しておかないと」
なるほど。で、そのお箸をほとんどの方が持ち帰るそうですが?
「ほとんど、ではないですがけっこういらっしゃいますよ」
そう言いながらりつこさんが手渡してくれたのが、若干茶色味がかった肌のものと、白肌の割り箸。ともに竹製で、基本は4角形だが角が丁寧に面取りされており、手に取ると中指の箸の当る部分の納まりが、何とも言えずいい。茶色の方が、いくぶん太く、そして短い。
「いかがですか?」
いかがもなにも、これならばぼくも家で使いたい。茶色の方は納豆箸にちょうどよさそうだもん。
りつこさんのいうように、そもそも懐石料理と割り箸は、実は切り離せない関係にある。割り箸の代表的な形に「利久箸」というのがある。これは千利休が客人を招く際、当日の朝に一本一本自ら削って箸を作り、もてなした。一期一会の精神が、そこにはあった。その利休がこしらえた箸の形が、後世「利久箸」と呼ばれるようになった。余談になるが「きゅう」を利休の「休」ではなく「久」としているのは、割り箸がブレイクした江戸時代、「利(商売)を休む」ことにつながるため、割り箸を使う商人たちが「利を久しく」という思いを込めて当てたそうだ。江戸時代は寿司やそばという“ファーストフード”が登場したこともあり、割り箸は庶民の生活にはなくてはならないものとなった。当初は酒樽の廃材を使っていたそうだが生産が追いつかなくなり、やがて間伐材を使うようになった。それが今では――。最高級とされる吉野杉の割り箸などは、いまでも間伐材を使用しているが、安価な割り箸の多くは、中国をはじめ、東南アジア諸国の木を乱伐し生産されるまでにいたった。そのため、環境問題の観点から割り箸自体を問題視する声も少なくない。もちろん、地球が大きな病を抱えているいま、そういった意見はたいへん重要だし、大いに考えねばならぬことではあるが、割り箸すべてを十把一絡げにして排除しようとするのはいかがなものか。懐石料理に見られるように、割り箸には少なからず文化的側面もあるのだから。
などと、ろぐていの割り箸を眺めながら考えていると、りつこさんが素晴らしいものを持ってきてくれた。
「お客さまがお持ちにならなかったものは、ウチで菜箸や虫取りに使うんです。それで折れたりしていよいよダメになったら、近所の方に、ほら、こういうふうに焼いて炭にしてもらうんです」
驚いた。竹箸が竹炭に変身である。
「この割り箸は自分がほれ込んで使っているだけに、どうしても捨てるのはしのびないんですよ(笑)。こうして炭にすれば、お客さまにプレゼントできますしね」
りつこさんは、そう言ってまた笑った。
仕込みから調理まですべて一人でこなすご主人の渡部綱善さんと、いつもにこやかな女将、りつこさん。
りつこさんが懐石用にと探した割り箸。2種類用意され、お客さんが好みによって選ぶ。
ろぐてい
群馬県桐生市黒保根町下田沢2306-5
(わたらせ渓谷鉄道水沼駅から車で10分)
TEL 0277-96-2616
(月、金定休)
トマトソースは地元の農家が作ったものを使用。ハウス栽培ではないため、夏に1年分のソースを仕込むというこだわりの店だ。
お客さまが使った後、自家用で、そして最後は炭になる。ろぐていの割り箸は、日本一長寿ではなかろうか……。
やっぱり「美味しく食べるため」が箸の基本
そもそも、居酒屋で遭遇したサラリーマンの「割り箸って美味しくないでしょ?」というひと言からスタートしたこの企画。しかし、実はぼくがたまたま聞いただけでなく、そう思っている人たちが、最近にわかに増えているようだ。銀座にある箸の専門店「夏野」で話を聞こう。副店長の林聡子さんが応対してくださった。
「たしかに、このところご自分のお箸を持ち歩く方が増えていますね」
なるほど「マイ箸」ですね。みなさん、割り箸で食べると美味しくないから?
「そうおっしゃる方が多いですね。とくに、サラリーマンやOLの方々は、なかなかランチをゆっくり食べる、ということも出来ませんから、せめてお箸だけはお気に入りのもので、少しでも美味しく食べたい、という思いが強いのではないでしょうか。もちろん、中には環境問題を考慮して、使い捨ての割り箸やプラスチック製の先割れスプーンを使わないようにしよう、とお考えの方もいらっしゃいます。でも、基本的にはみなさん『よりごはんを美味しくいただきたい』ということだと思います」
あ、出ましたね、先割れスプーン。あれは、たとえ木製であろうと銀製であろうと使うのは嫌ですね、ぼくは。ところで「マイ箸」となると文字通り自分専用ですから、やはりオリジナルというか、自分にぴったりのものを選びたい。そのポイントを教えていただけますか?
「基本は人指し指と親指を開き、その1.5倍が箸の長さの目安になります」
重さや形状は?
「ご自分の感覚でお選びいただいてよろしいかと。例えば漆は独特の温もりがありますし、木箸は使っている材質の違いがストレートに手や口に伝わりますので、その楽しさ、面白さがありますから。ただ、いずれにしても、女性はいくぶん細身のお箸をお選びになられたほうが、手元が優雅見えますよ」
ありがとうございました。
年間250億本の割り箸が消費されることから、環境破壊の一因と言われることもある割り箸だが、そもそも箸は食べ物を口に運ぶためのツール。便利さよりも、夏野でマイ箸を買い求める方々のように、より美味しく食べるという基本に立ち返ったらどうだろ。誰だって、シャトーワインを紙コップで飲もうとは思わないでしょ? 箸もそれと同じ。せっかくの食事なのだから、より美味しく食べようではありませんか。この取材を終え、ぼくも「マイ箸」を持とうと思った。だって、ラーメンをすすった時に口にトゲがささるのは、もう嫌だもん。
副店長の林聡子さん。ご自身もマイ箸を持ち歩く。「マイ箸がきっかけで、お店の人ともすぐ仲良くなれるんです(笑)」だそうだ。
こちらはツゲの八角利久(9,450円)。こんな素敵な箸を持ち歩いていたら、ちょっと自慢できるかも。丈夫な裂織の袋は2,100円。
2分割される黒檀の継箸。2本それぞれ金物のオスメスが異なるため、いつも先、元は対となる(6,300円/袋付)
銀座夏野
東京都中央区銀座6-7-4 1F(東京メトロ銀座駅A2出口徒歩2分)
TEL 03-3569-0952
営業時間 10:00~20:00(日祝日は19:00まで)
店内には、2500種類以上ものさまざまな箸が並べられ、見ているだけでも楽しい。自分にぴったりの一膳を、ぜひ見つけていただきたい。
http://www.e-ohashi.com/natsuno/index.html
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興味深く読みました。使用済みの箸を炭にして再利用している「ろぐてい」のエピソード、とくに面白いと思いました。
最後の最後まで物を無駄にしない。心を込めて大切に使う、というライフスタイルは見習わなくてはいけないですね。
ところで、以前から気になっていることがあります。
仕事の帰りが遅くなると、ついついコンビニ弁当に頼ってしまうのですが、コンビニでいつも「お箸はお付けしますか?」と聞かれるんです。
付けるのが基本姿勢で、断る人にだけ付けない、ということだと思うのですが、よく考えてみるとちょっと変ですよね?
自分からリクエストしないと付けてもらえない、ということなら、割り箸の需要ってもっと減るのではないでしょうか…。
投稿者:堺
2007年07月04日 21:41
「こそっともう一本」というひと言が、まさしく自分のことを言われているようで、思わず苦笑してしまいました。ぼくも、割り箸を割るのがヘタなんです(笑)。歯欠けになった割り箸って、食べ難いですよねぇー。だから、よくラーメン屋さんで“こそっと”2本目を箸置きから抜いちゃうことがあるんです(反省)。でも、この記事を読んで、次回からは1本目を慎重に割ることにします。環境問題は「櫂より始めよ」ですからね。
投稿者:テツ
2007年07月05日 17:19
お返事が遅れました。ごめんなさい。
堺さん、テツさん、オープン早々にお便りをいただきありがとうございました。
お二人のおっしゃる通り、ひとりひとりがちょっとしたことから始めることが、今の病んでいる地球を救う唯一の手立てだとぼくらも思っています。
政治は、動き出すまでに時間がかかります。
地球の病気は「まったなし」なのにね。
次号の特集は「電気」をテーマに
いつのまにかLOHASになる生活習慣を考えます。
月末に公開しますので、またお便りください。
投稿者:LOHAS編集部
2007年07月12日 06:01
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