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      <title>芝浦日乗 | 連載エッセイ</title>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>第四回　それ、おかしくないですか？</title>
         <description><![CDATA[<div id="index_left">
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<h3>芝浦日乗<span></span></h3>
<h4>第四回　それ、おかしくないですか？<span class="tsukui1_title_04"></span></h4>
<p>文：津久井耀平 ｜ 2009.01.20</p>
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<p>　どうも最近、世の中のおかしなことが目につく。ぼくが小言ジジイになったのか、本当に世の中がおかしくなったのか……。まぁ、「連載」というタイトルをいただきながら、１年も更新されていないこのページがそもそも「おかしなこと」ではありますが。と、しばらくぶりの復活はお詫びから。本当に面目ないっす。</p>
<p>　さてさて、本題。まずは多少落ち着いた観もあるが「高速道路休日1,000円狂想曲」から。一時ほど、の加熱ぶりはカゲをひそめたものの、まだまだ余波が続いている。</p>
<p>　「1,000円だからどこかに行かなくては損したような気分になる」と、80％off！なんてちらしに引きずられ、バーゲン会場に飛び込み、大してほしくないのに赤札につられ、ついつい買っちゃうのと同じ心理状況。いずれにしても、結局は無駄なお金を使うことになるんだけどね……。</p>
<p>　しかし、ぼくがもっとおかしいと思うのは、土、日、祝日に限定し、しかも自家用車だけの２年間の特例措置、ということ。みなさん、この「休日割引」によって高速道路各社はどのくらい減収になると思いますか？　今まで１万円以上かかった区間でもたった1,000円なのだから、相当な減収になるだろう、とこの法案成立が報道された当初は思っていた。</p>
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<span id="tsukui1_photo_1_04">（写真その1）<span class="tsukui1_pic_1_04"></span><!-- /span#tsukui1_photo_1_04--></span>
<p>　ところが、年末に発表された高速道路３社の９月決算は、いずれも減収増益。もともと、通行料の減収（１～３割）は税金で賄われることが前提だったが、増益分はサービスエリアの収益が大幅にアップしたこと。そんな商売上手な高速道路各社に、なんで通行料の減収を税金で補填しなければならないのか……。そう思うのはぼくだけですか。</p>
<p>　次はヤフオクの官庁入札。行政が、借金（税金の滞納）のカタに取り上げた品々等を広く分配する、というもの。確か東京都が始めたことであったけれど、それが全国に飛び火し、いまではひとつのコーナーとなっている。それはそれで、面白い試みであるとは思うけれど、先日覗いてみたら、ブランド物のバックの説明に「真偽の鑑定はしておりません」とある。真偽の鑑定はしていないって、偽物でも売っちゃうわけ？　たしかに、法律（刑法の詐欺罪、および商法の商標権侵害）では「偽物と知っていて本物として販売する」ことを処罰の対象としているが、いくら「知らない」と宣言しているからといって、こういうスタンスはどうなのよ？</p>
<p>　おまけにもうひとつ。去年の年末から始まった仕分け作業に呼応するかのように、参議院が議長、副議長以外は、海外出張の際ファーストクラスを使わないことを決めた。これは、もともと08年の夏に国会議員の「若手の会」が提唱したが、当時の自民党幹部が潰したと言われるいわくつきの案件。杉村太蔵さんが「グリーン車に乗り放題」と言って失笑をかったが、ファーストクラスのことはご存知なかったのだろうか……。</p>
<p>　まぁ、それはともかく、当時「若手の会」では、詳細は割愛するが国会議員が海外出張の際にファーストクラスを使わなければ年間5,000万円削減できると、鬼の首をとったように、街宣車でまくし立てていた。そして「そうだ、そうだ、そんな無駄使いするな！」と世間の後押しを得て悦に入っていたのだ。</p>
<p>　でも、でもですよ、若手の会のみなさん。あなたたち国会議員一人当たりの年間経費は、なぜ問題にしないのですか？　一般的に、直接経費だけで7000万円以上と言われているのだから、一人削れば、5000万円なんてポンとカバーできるじゃない。なんだかヘンなんだよね、そういう見せ掛けの犠牲って。</p>
<p>　とここまで言って、こんなくだらないコトに目くじらを立てている自分にも嫌悪感。</p>
<p>　もちろん、おかしなコトやへんなコトに目を配り、無くしていく努力は必要だけど、今の日本はまさに「貧すれば鈍する」って状態なのでしょう。</p>
<p>　とはいえ「貧にして楽しむ」といったことわざも。経済状態の悪さ（酷さか）を嘆くよりも、LOHASな私たちとしては、ファインダーで被写体を追うがごとく、まずは身の回りにある楽しいことに、嬉しいことに目を向けませんか？　きっとあるはずです。ぼくが見つけたいくつかのことは次号で紹介します。あ、ひとつここで。ロハマで販売している「デザートスープ」。チームのよしみで“試食”させてもらったのですが、あのスイーツ、美味しいことはもちろん、なんだかとってもほんわかした気持ちにさせてくれます。みなさんも、ぜひお試しを。</p>
<p id="last">　</p>
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         <pubDate>Wed, 20 Jan 2010 10:58:01 +0900</pubDate>
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         <title>第三回　宛名にこめる想い</title>
         <description><![CDATA[<div id="index_left">
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<h3>芝浦日乗<span></span></h3>
<h4>第三回　宛名にこめる想い<span class="tsukui1_title_03"></span></h4>
<p>文：津久井耀平 ｜ 2008.01.14</p>
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<p>　新年明けましておめでとうございます。みなさん、お正月はいかが過ごされましたか？</p>
<p>　ぼくは例年の通り、田舎でジジババのお守り。まぁ、年にそうはできないですし、生存確認をしっかりしておかないと、ご近所さんに迷惑をかけてしまいますからね。</p>
<p>　で、帰省する途中のひとコマを。</p>
<p>　大晦日の夕方、バックひとつを持って新幹線に乗る。この時間になると、数日前の乗車率150％の騒ぎはウソのようで、空席ばかりが目立っていた。東京を出た時はまだ薄暮であったのに、30分もするともうどっぷり暮れていた。</p>
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<span id="tsukui1_photo_1_03">（写真その1）<span class="tsukui1_pic_1_03"></span><!-- /span#tsukui1_photo_1_03--></span>
<p>　各駅停車に乗り換えると、ぼくの後ろから入ってきたガテン系のおじさんが、人は疎らなのに、ぼくの隣に腰を下ろした。一時すると大きなカバンからお年玉袋が詰まったパックを取り出し、宛名を書き始めた。ちょっと後ろめたさもあったけれど、おじさんの手元を覗き込む。</p>
<p>「昌一」。</p>
<p>「まさかず」、あるいは「しょういち」と読むのだろうか？</p>
<p>　おじさんは、そう書いたかと思うと、おもむろに握りつぶし、新しい袋にもう一度、昌一と書いた。そして、また……。</p>
<p>　結局、持っていたお年玉袋をのすべてを使い「昌一」と宛名を書いただけだった。最後のひとつを書き終えると、ため息をついた。“くん”とか“ちゃん”を付けないところを見ると、昌一は自分の息子だろう。いや、歳の頃は40～50だから孫かもしれない。いずれにしても、たかがお年玉袋の宛名を、ここまで書き直すとはよほどワケありの子？　出稼ぎから戻り1年ぶりの再会なのか？　離婚した息子で正月にしか会えない？、なんて下世話な思いが頭に浮かぶ。</p>
<p>　でも、ふと我に返ると、おじさんと昌一の関係がいかなるものであろうとも、これほど集中して真剣に「宛名」を書いたことが自分にあっただろうか。</p>
<p>　中学生の時、初めて女の子に手紙を書いた。恥ずかしいが、世間で言うラブレターだ。その時は、さすがに中身も含め、宛名を3度くらいは書き直した覚えがある。そして自分では会心の作である「圭子へ」と書き上げた封筒を、彼女の親友であるコに「これ、ケイコに渡してくれ」と差し出すと、彼女はその宛名を見て「ケイコの“ケイ”はにんべんが付くんだよ」とぽつりと言った。言い難そうではあったけれど、こみ上げる笑いをこらえようとするそのコの顔を今でも覚えている。</p>
<p>　話がそれたが、いまのようにパソコンや携帯電話による“メール”が日常化し、文字によって気持ちを伝えることが多くなったが、真性おじさんとしては、同じ文字でもキカイで打ったそれと、手で書いた文字とはどうしても異質――、いや対極にあるとさえ思ってしまうのだ。今も、机の上に積まれた宛名から差出人の名前まで印刷された年賀状を眺めていると、送ってくださった方々にはたいへん失礼だが、1本電話をくださった方がいいとさえ思ってしまう。</p>
<p id="last">　あのおじさんは、昌一くんとどんな正月を過ごしたのだろう。</p>
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         <link>http://www.lohas.co.jp/essay/tsukui/archives/2008/01/14/174737.php</link>
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         <pubDate>Mon, 14 Jan 2008 17:47:37 +0900</pubDate>
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         <title>第二回　手間隙かけて作られるもの</title>
         <description><![CDATA[<div id="index_left">
<div id="tsukui1_top">
<h3>芝浦日乗<span></span></h3>
<h4>第二回　手間隙かけて作られるもの<span class="tsukui1_title_02"></span></h4>
<p>文：津久井耀平 ｜ 2007.09.28</p>
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<span id="tsukui1_photo_1_02">（写真その1）<span class="tsukui1_pic_1_02"></span><!-- /span#tsukui1_photo_1--></span>
<p>　いま、フレンチが面白い。</p>
<p>　ひと昔前まで、巷のレストランはイタリアン一色だった。麺が主食だったり、植物油がベースであったりと、日本食と似ている（と言ったら言い過ぎか）こともあって、一気にブレイクした。でも、いつの頃からか、フォアグラやトリュフ、キャビアになんだと、高級食材がバンバン使われ、コースで1万円は当たり前、2万、3万とグランドメゾン並みのメニューを掲げる店も珍しくなくなった。なんか違うんだよなぁ～。</p>
<p>　そんな食材を使わなくたって、イタリアンって充分に美味いんじゃないの？　と思っていたところ、トリコロールの逆襲が始まったのだ。日本に在住するフランス人たちも「ニッポンのフレンチって、今や本国よりもいいんじゃない？」と言い始めている。</p>
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<div class="clear"></div>
<div id="tsukui1_contents_2">

<p>　いままで、みんなの足がフレンチから離れていた理由のひとつに、バターや生クリームをたっぷり使った料理が、日本人にとって重いことがあった。しかし、それはすでに「昔のこと」なのだ。“今”のフレンチは、アラン・デュカス、ジョエル・ロブション、ミッシェル・トロワグロ、ピエール・ガニェールといった、現代を代表するシェフたちが作る、いわゆる“キュイジーヌ・モデルネ”がその潮流となっている。</p>
<p>　これは「ヌーベル・キュイジーヌの次ぎの世代」という意味で使われる言葉だが、ひと皿のポーションを小さくし、コースの皿数を増やしていること、素材の味をダイレクトに引き出すことがその特徴。ジョエル・ロブションが、日本の懐石にインスパイアーされ作り始めた料理がきっかけとなった、と言われている。言わば、現代のフランス料理は、日本とっては「逆輸入」なのである。これに引きずられ、古典的なスタイルのフランス料理であっても、バターや生クリームの使用量が大幅に減少。一説によると、5～6皿のフルコースであっても、バターの平均総量は大さじ1杯程度、と言われている。まぁ、その方が身体にもいいしね。</p>
<p>　でも、いまみんながこぞってフレンチに向き始めたのは、なにも料理がライトテイストになったから、だけではないと思う。フランンス料理は、例えばソースひとつをとっても、ぼくらの想像を超える時間と労力をかけて作られる。フランスには「ホワイトソースの塩味はシェフの汗」という諺があるくらいだ。</p>
<p>　料理に限らず、手間隙をかけて作られたものは、それを手がけた人の温度や気吹が、創作されたモノの向こう側に必ず見え隠れするものだ。</p>
<p id="last">　いま、何かを作ること、また作り出す行為そのものが蔑ろにされているように思う。そんな時代だからこそ、時間と労力を惜しまずに作られるフランス料理に、なんというか、憧憬のようなもの感じているのではないだろうか。</p>
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         <link>http://www.lohas.co.jp/essay/tsukui/archives/2007/09/28/172153.php</link>
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         <pubDate>Fri, 28 Sep 2007 17:21:53 +0900</pubDate>
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         <title>第一回　真夏の夜の悪夢</title>
         <description><![CDATA[<div id="index_left">
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<h3>芝浦日乗<span></span></h3>
<h4>第一回　真夏の夜の悪夢<span></span></h4>
<p>文：津久井耀平 ｜ 2007.08.24</p>
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<div id="tsukui1_contents_1">
<p>　友人から「女児誕生」の吉報来たる。おぉ、ヤツもパパかぁ――。</p>
<p>　学生時代、いつもツルんでいた（ように思う）のだが、実はソリの合わないヤツだった。ある日、サークルの仲間でご当地ラーメンの話になったことがある。ふだんラーメンなんか食べないスカしたやつまで、その時はなぜかミョーに熱く語り「食べに行こう！」と話しは一気に進んだ。理屈のない発想、言動、行動は、若者の特権だ（と思う）。で、どこに行く？　さすがに札幌や博多は候補にならず、圧倒的多数で決まったのが佐野。よしよし、順当だ。青竹でのす、独特のとろんとした麺と、出汁が濃く、まろやかな塩気のスープは、なぜか東京ではお目にかかれないご当地ラーメンの筆頭だ。<br />
　「んじゃ、行こうぜ！」と誰が車を出す、運転はどうする、帰りは群馬の温泉で一泊しちゃう!?　などなど、みなが口々に物言い盛り上がっていると、呼んでもいないのにヤツが来て「おまえら、アホちゃうか？　ラーメン食いにわざわざ佐野くんだりまでホンマに行くんかぁ？」と水をさした。「高速代やらガソリン代やら、いったい一杯いくらのラーメンになると思ってんのや？」。<br />
　それまで、とり憑かれたように佐野行きを決意していた面々が、ヤツの登場によって意気消沈、結局、佐野ラーメンを食べることなく終わった――。</p>
<p>　今にして思えば、この手のコトは社会人になってから、何度となく遭遇した。ぼくの場合、午年ゆえか、猪突猛進、先走りすることが少なくない。そんな時、諌めてもらうというか、手綱を引いてもらうというか、折々で、一歩踏みとどまらせてくれる人が周りにいたような気がする。その時は「出鼻を挫きやがって」と思っても、結果的に難を背負い込まずに済んだことが一度や二度ではない。割れ鍋に綴じ蓋、ではないけれど、この世の中、人それぞれきちんと役回りがあるもんだ。</p>
<p>　とは言え、ものには言い方がある。ヤツの憎まれ口だけはどうにも我慢ならん。フフフ「お祝い、高速代引いといたかんな！」と言い放ってやろうか……。まぁ、それも40を過ぎたオヤジの言うセリフじゃないな。だいいち、オレはヤツみたいにセコくない。</p>
<span id="tsukui1_photo_1">（写真その1）<span></span><!-- /span#tsukui1_photo_1--></span>
<p>　果してヤツの家に到着すと「おまえ、相変わらず見栄ぱりやなー、高速代、ガソリン代使って来た挙句、こんなたいそうなモン持って来て」<br />
　きたきた。まったくハラの立つヤツである。はじめに礼をいうべきだろう、礼を。しかしまぁ、ここまでくると、もはや才能だな。<br />
　でも、そんな憎らしいオヤジのことは、どーでもいいほど、赤ちゃんがかわいい。つぶらな瞳をパチンと開き微笑む様子は、吸い込まれるほど愛くるしい。</p>
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<div class="clear"></div>
<div id="tsukui1_contents_2">
<p>　赤ちゃんの笑顔で、すっかりデトックスさせてもらったせいもり、ヤツと喧嘩になる前に帰るつもりが、ビール→ワイン→紹興酒→焼酎とフルコースに。夏の暑い日差しが暮れかけるころには、日焼けともつかぬ赤ら顔に。赤ちゃんとの距離も一気に縮まり「アブアブ」と胡坐を組んだぼくの足によじ登ってじゃれつくまでになった。それに気をよくした奥さんが「はい、おじちゃんに抱っこね」と赤ん坊をひょいと持ち上げ、ぼくに抱かせようとした。そうとう酔っていた手前、抱っこするのが恐く「いいよいいよ、この子が18歳になったら抱かせてもらうよ」とぼくとしては丁重に辞退したつもりだったのだが、奥さんは敏感に反応。「やぁねー、ツクイさんたら」と口では言いつつ、きっと世の女性は変質者を見るときはこんな風になるんだろうなぁ、という目がしっかりとぼくに向けられていた。そして、言うが早いか赤ちゃんを自分の胸に抱きかかえたのであった。母親に対して子どもをネタにするときは、言葉を慎重に選ばねばならぬ。<br />
　連れに運転してもらって帰る道すがら、対向車のライトが時折奥さんの目に見えた。
</p>
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         <link>http://www.lohas.co.jp/essay/tsukui/archives/2007/06/29/140000.php</link>
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         <pubDate>Fri, 29 Jun 2007 14:00:00 +0900</pubDate>
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